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【実践】企業のエネルギー投資:再エネ証書・クレジットを活用した脱炭素戦略

Tags: 再エネ証書, J-クレジット, 脱炭素戦略, 企業投資, ESG

企業脱炭素戦略における再エネ証書・クレジットの重要性

企業のサステナビリティ推進において、自社のエネルギー消費に起因する温室効果ガス排出量の削減は喫緊の課題です。特に、事業活動におけるエネルギー使用に伴う排出(Scope 1, 2)のゼロ化は、多くの企業が設定する脱炭素目標の重要な柱となります。この目標達成に向けたアプローチは多岐にわたりますが、再生可能エネルギー(再エネ)への転換は不可欠です。

再エネへの転換手法としては、自家発電設備の導入、電力会社からの再エネ電力購入契約(PPAを含む)、そして再生可能エネルギー証書やクレジットの活用などが挙げられます。中でも再エネ証書・クレジットは、物理的に再エネ設備を導入することが困難な場合や、迅速な排出量削減が求められる場合に有効な手段として、企業のエネルギー投資戦略においてその重要性を増しています。

本稿では、企業が再エネ証書やクレジットをどのように活用し、脱炭素戦略を効率的かつ効果的に推進できるのか、その具体的な手法、メリット、評価方法、そして考慮すべき点について解説します。

再エネ証書・クレジットの種類と仕組み

企業が活用できる主な再エネ証書・クレジットには、以下の種類があります。

これらの証書・クレジットは、それぞれ固有の市場や取引メカニズムを持ちますが、共通するのは「再生可能エネルギーによって発電された電気が持つ環境価値」を切り離して取引可能にした点です。企業はこれらの証書・クレジットを購入することで、自社の電力消費に伴う排出量を、購入した証書・クレジットが持つ環境価値分だけ削減したとみなすことができます(一般的にScope 2排出量の削減に寄与)。

企業が再エネ証書・クレジットを活用するメリット

再エネ証書・クレジットを企業のエネルギー投資戦略に組み込むことには、いくつかのメリットがあります。

  1. 迅速な脱炭素効果: 自社で再エネ設備を設置する場合と比較して、証書・クレジットの購入は導入までの期間が短く、比較的迅速に脱炭素効果を計上できます。緊急性の高い脱炭素目標達成に貢献します。
  2. コスト効率: 大規模な設備投資が不要であるため、初期費用を抑えられます。市場価格によって変動しますが、状況によってはPPAなど他の手法よりもコスト効率が良い場合があります。
  3. 柔軟性: 需要量の変化に応じて購入量を調整したり、複数の証書・クレジットを組み合わせて活用したりする柔軟性があります。拠点の立地条件に左右されにくい点もメリットです。
  4. 再エネ普及への貢献: 証書・クレジット購入による資金は、再エネ発電事業者への収入となり、新たな再エネ設備の導入や既存設備の維持・拡大を間接的に支援することにつながります。

具体的な活用戦略

企業は自社の状況や目標に応じて、再エネ証書・クレジットを様々な形で活用できます。

どの戦略を採用するかは、企業の拠点数、電力消費量、地理的制約、予算、脱炭素目標の時期などによって総合的に判断する必要があります。

市場動向と制度・政策

再エネ証書・クレジット市場は、世界の脱炭素化の流れを受けて活発化しています。日本では、非化石証書の取引が自由化され、トラッキング情報の付与も進んでいます。これにより、企業はより透明性の高い形で再エネ由来の電力を調達できるようになりました。

また、J-クレジット制度も、再生可能エネルギー由来のクレジット供給を拡大しています。これらの制度は、政府のエネルギー政策や気候変動対策と連動しており、今後も市場の流動性向上や新たな制度設計が進む可能性があります。企業はこれらの市場・制度動向を注視し、最適な調達戦略を継続的に見直す必要があります。

国際的なI-RECやRECs市場も拡大しており、グローバル企業にとっては、各国の制度と国際証書をどのように組み合わせるかが課題となります。信頼性の高いトラッキングシステムを持つ証書を選ぶことが重要です。

効果測定と報告

再エネ証書・クレジットの活用効果を適切に測定し、報告することは、社内外への説得やESG評価の向上に不可欠です。

主な効果測定指標は以下の通りです。

報告においては、どの種類の証書・クレジットを、どのくらいの量購入したか、それがScope 2排出量にどのように反映されたのかを明確に開示することが重要です。トラッキング情報を活用し、電源種別や地域まで特定して開示できると、より透明性が高まります。

投資判断における考慮事項とリスク

再エネ証書・クレジットの活用はメリットが多い一方で、いくつかの考慮事項やリスクも存在します。

これらのリスクを理解し、デューデリジェンスを徹底した上で、自社のエネルギー投資戦略に位置づけることが重要です。

活用事例(架空)

製造業A社は、グローバルサプライチェーンを持つ企業で、2030年までにScope 1, 2の排出量を50%削減する目標を設定しています。特に国内の複数の工場拠点では、老朽化した設備が多く、物理的な再エネ設備の設置スペースにも限りがありました。

そこでA社は、以下の戦略を実行しました。

  1. 主要拠点での自家消費型太陽光発電導入: 設置可能な工場に自家消費型太陽光発電を導入し、年間電力消費量の15%を賄いました。
  2. 電力契約の見直しとトラッキング付き非化石証書の活用: 電力会社と協議し、一部の拠点では再エネ電力メニュー(実質再エネ100%プラン)に切り替え、残りの拠点の使用電力量に対して、トラッキング付き非化石証書を市場から購入しました。これにより、使用電力の環境価値を確保しました。トラッキング情報により、どの再エネ電源(例: 国内の大型風力発電所)からのものか特定し、対外的にアピールできるようになりました。
  3. J-クレジットの活用: 新規設備の導入では削減しきれない部分に対して、国内の再エネ由来J-クレジットをオフセット目的で購入しました。
  4. 効果の可視化と報告: 電力使用量データ、自家消費量、購入した非化石証書・J-クレジットの量・コストを集約し、GHGプロトコルに基づきScope 2排出削減量を算定しました。このデータを社内レポートや統合報告書で開示し、脱炭素への取り組みと成果を明確に示しました。

この戦略により、A社は当初の計画よりも早くScope 2排出量を大幅に削減することができました。また、トラッキング付き非化石証書の活用は、サプライヤーや顧客からの再エネ調達に関する問い合わせに対して、具体的な電源情報とともに説明する際に有効でした。

まとめ:再エネ証書・クレジット活用を通じた企業脱炭素戦略の加速

再生可能エネルギー証書・クレジットは、企業の脱炭素戦略、特にScope 2排出量削減において、迅速性、コスト効率、柔軟性を提供する有効な手段です。非化石証書やJ-クレジットといった国内制度、そして国際的なスキームを理解し、自社の状況に最適な活用戦略を策定することが重要です。

市場動向、制度・政策を継続的に把握し、価格変動リスク、信頼性、トラッキング、追加性といった考慮事項を踏まえた上で、計画的に活用を進めるべきです。購入した証書・クレジットの効果をGHGプロトコルに沿って正確に測定し、透明性をもって開示することで、社内外からの信頼獲得やESG評価の向上に繋がります。

再エネ証書・クレジットは、物理的な設備投資と組み合わせることで、企業はより包括的かつ効率的なエネルギー投資ポートフォリオを構築し、持続可能な企業価値の向上を実現できると考えられます。